多指症
赤ちゃんの手を初めて見たときに指が6本あったときのショックは非常に大きかったことでしょう.ちゃんと治るのか,ものを持てるようになるのか,箸は使える?はさみは? 不安が日に日に大きくなっていったことを想像するに難くはありません.でも,安心して下さい.きっちりと治療すればほとんどの多指症は機能障害を残すことなく治ります.ここでは多指症についての理解を深め,どうして治していくのかをお話しします.
多指症は最も発生頻度が高い手の生まれつきの病気です.手の多指症は出生1万人あたり8人に,足の多趾症(足のゆびには趾という字が使われます)は4.9人にみられます.これはある年の日本中の分娩の約10%を調査した統計データに基づいていますから,比較的正確な数字だと思います.両方合わせるとおおよそ1000人にひとりですから,クラス数の多い小学校なら6学年合わせれば1人はいるくらいの確率となり,決して珍しい病気ではありません.その中で一番よく見られるのが母指(おやゆび)の多指症です.
手指の発生過程(別稿作成予定です)を理解すればわかることですが,母指多指症は単純に母指が2つある状態ではありません.ご存じのように人の身体は細胞でできています.細胞は人を形作る素材といっていいでしょう.赤ちゃんがお腹の中で成長していく過程で母指になる予定の細胞の数は決まっているはずです.その細胞の集まりが何らかの理由でふたつのグループに分かれて母指が2つできたのが母指多指症です.したがって,どちらの母指も完全なものではなく,反対側と比較すると小さいはずです.もちろん人の身体はよくできていますので,母指が2つに分かれると通常以上に細胞分裂が生じて,よりしっかりした母指を作ろうとしますから2つの母指の細胞数を合わせると元の数よりはたくさんになっています.
母指多指症の外観は写真のように多岐にわたります.材料である細胞が均等にふたつに分かれたら組写真右上のようなほぼ同じ大きさの指がふたつできますが,多くの場合は組写真左上にあるように2つの母指には大小があるのが普通です.ほとんどの場合、外側の母指が小さくて内側の母指が大きいです.形だけでなく動きにも違いがあることも多いです.大きく発達している方がよく動くのが普通です.また2つの母指を別々に動かすことは困難で,動きの悪い方の母指は良い方に従って動いているだけか,ほとんど動かないことが多いです.その理由は先に述べたとおりで,本来ひとつになるべきものがふたつになったことにあります.外観が2つになったからといって筋肉や腱・神経血管などがすべてふたつあるとは限らないのです.ある筋肉は外側の母指に、別の筋肉は内側の母指に付いているといったことが当たり前のようにおこっています.
したがって,手術では単純に余っていると思われる方の母指を切除するだけではいけません.切除する側の母指に付いている大切な筋肉や腱などを,残す母指の適切な場所に移動させることが非常に大切になってきます.これができるチャンスは一度きりです.初回手術が不適切で,移動すべき組織を単純に切り捨てられると術後変形や機能障害を生じます.私の所で再手術をしても完全にはもとに戻せないのです.繰り返しますが初回手術は非常に大切な手術です.経験の浅い医師が初回手術を行うと、たとえ見かけの良い母指ができたとしても再建が適切に行われていないために、機能的に不十分であったり、再変形を来したりします.このように母指多指症の手術は単純に余っているものを取り除く手術ではなく、母指を再建する手術です.これを理解してもらうことは非常に重要で,手術前の説明で最も重要な点です.
複雑な操作を術中に行うため,手術時期をあせってはなりません.小さすぎる母指に対しての手術は思い通りに行かない可能性があります.具体的には年齢にすると1歳が目安ですが,すくすく育って大きな赤ちゃんではもっと早くてもかまいませんし、手術が比較的単純ですむ場合には生後6か月で行うこともあります。逆に複雑な手術が予想される多指症では2歳近くまで待って手術をする場合もあります.あなたの赤ちゃんの多指症がどのタイプになるのかは直接診察してレントゲンを撮影してからでしか正確にはわかりませんが,来院できないときには写真を送っていただければある程度のアドバイスをさせていただけると思います.(お問い合わせフォームをご利用下さい.)母指多指症の手術は術者ひとりの技量で左右されるところが大きいです.大病院か小児病院か,整形外科か形成外科かなどという看板に左右されずに,経験を積んだ医師に執刀してもらって下さい.